ゆうれい寿司
[山口県宇部市]
瀬戸内海に面した山口県宇部市
その北端に位置する、山合いの吉部(きべ)地区。
元は厚狭(あさ)郡 楠町(くすのきちょう)の一地区でしたが、
2004年に楠町が宇部市に編入され、現在に至ります。
この地域に伝わる郷土料理のひとつが、
江戸時代中頃から作られてきたとされる【ゆうれい寿司】です。
2013年7月、郷土寿司の旅に出掛けた僕が
この吉部を訪れたのは、何よりそのキャッチーな名に惹かれたからです。
どれほどに『ゆうれい』なのかを知りたくて
現地で体験し、学んできました。
たずねたのは、1973年の結成以来、農山村活性のための活動、地域の生活文化の継承活動などを行なってきた、
【楠地区生活改善実行グループ連絡協議会】のお母さま方。
ゆうれい寿司づくりもこの会の活動の一環で、
販売用の寿司制作のほか、次世代に伝えていく役割をも担っています。
そもそも、
【ゆうれい寿司とは?】
具を混ぜたり、のせたりせずに真っ白の酢飯のみでつくる、
いわば、のっぺらぼうの角形の押し寿司なのだそうです。
押し寿司自体は、県内のいくつかの地域で郷土寿司として作られており、
よく知られているところでは、
四段、五段と重ねて表面に色とりどりの具を散らした、
豪華な【岩国寿司】があります。
また宇部市や、吉部地区と隣接する美祢市などには
【三寸角寿司】と呼ばれる郷土寿司があり、
これは、にんじん、しいたけなどを煮た具を、
酢飯に混ぜ込む形態の押し寿司のようです。
ゆうれい寿司は、それらと比較すると、
白い酢飯のみというシンプルな仕立てにおいて特異な存在です。
この特色に関しては、
今も棚田の景観の美しい吉部地区が
古くから良質なお米が穫れる産地であったことで、
特に具を入れなくても美味しい『白寿司』が盆や祭りの際につくられてきた
ということがわかります。
酢飯のみ。
上に木の芽や柚子皮を飾ったりする程度の、本当に酢飯だけの寿司。
それが元々のゆうれい寿司の正体です。
現在、この会がつくっているゆうれい寿司は
現代風にアレンジされた具入りの押し寿司ではありますが、
「表面は真っ白な酢飯」
という特色は、変わらず継承されています。
以下、岡田大介も体験した、そのゆうれい寿司のレシピをレポートします!
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これは、山口県ではなじみの深い白身魚、
【エソ】や【ハモ】のすり身を酒煎りしたもの。
酢、砂糖、塩を合わせた寿司酢にこれを加えてひと煮立ちさせます。
これは酢飯に混ぜ込むかやく。
ごぼう、にんじん、油揚げ、山菜(わらび、ぜんまいなど)、
もどした干ししいたけなどを、
砂糖、しょうゆ、酒、みりんで煮ます。
干ししいたけは、このかやくとは別に、ちらす具材としても準備。
もどして薄く切り、砂糖、しょうゆ、酒で甘辛く煮ておきます。
中津瀬神社のしゃもじがGOODですね!
押し寿司用の木型に敷き込んだり、
寿司の段の間に挟んだりするのに使うのは芭蕉(ばしょう)の葉。
手に入らないときは、葉らんで代用するそうです。
だし昆布を加えて炊いたご飯に、
準備したエソ入りの寿司酢を回しかけ、混ぜ込んで酢飯をつくります。
このようにエソのすり身を混ぜ込んだ寿司は、
宇部市と同様に瀬戸内海に面する防府市辺りでも
古くからつくられています。
酢飯のうち2/5量はそのまま白寿司に。
(一番上の表面用です。)
残り3/5量には、準備したかやくを混ぜ込みます。
型にかやく入りの酢飯を詰め、
全体をギュッと押さえます。
しっかり押さえたかやく入りの酢飯の上に、
煮たしいたけ、錦糸卵、でんぶを散らし、
その上に、かやくを混ぜていない白寿司を重ね、押さえます。
これで一段分が完成。
表面は真っ白に仕上がります。
芭蕉の葉を仕切りとして挟みながら、
同様に二段、三段と層状に重ねては、押さえます。
すべて重ねたら、表面を芭蕉の葉で覆って上蓋をのせ、
重しをしてしばらくおき、なじませます。
重しを取り、型の外枠を外したところ。
目印に楊枝をさし、切り分けます。
ゆうれいといえば、柳。
細く切ったきゅうりの皮を柳の葉に見立てて飾り、完成です。
季節によって山椒の葉、青じそなどを飾ることもあるそう。
お吸いもの、漬けもの、昆布の煮つけとともにいただきました。
やや甘めの酢飯の中に、エソのうまみがじんわりと感じられる、
素朴で、懐かしいおいしさのお寿司でした。
ごちそうさまでした。
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ところで、【ゆうれい寿司】という印象的なこの名は、
決して宣伝的につけられた名称ということではなさそうです。
うちのおばあさんは、わたしが小さいころから、
『きょうは、ゆうれいつくろうか』なんて言って、
よくつくってくれていましたよ。
と、今回調理をしてくれたお母さんの一人が語っていたように、
吉部の人々に、ごく日常的に用いられてきた名のようです。
また、具を加えない真っ白な押し寿司という、
ゆうれい寿司の本来の特色は、
この会の皆さんの幼少時代にはまだ健在だったそうです。
酢飯には、冬は柚子のしぼり汁、
夏場は、この地域で「香橙(こうとう)」と呼ばれる、
青柚子のしぼり汁が使われたといいます。
具を入れずにつくって、上に山椒の葉などをのせたり
酢締めの魚をのせたこともあったそうです。
昔は、この辺りでは鮮魚は手に入らなくて、
仙崎(日本海に面する、現在の山口県長門市の一地域)の方から
干物、塩さば、塩くじらなどを三輪車にのせて
行商に来ている人がいたんです。
その塩さばを酢で締めて、のせたりしていました。
というお話を聞かせてくださいました。
このように吉部の人々の暮らしの中で生き続けてきた【ゆうれい寿司】は、
吉部八幡宮の伝統的な秋祭り「芋煮え祭り」の日には、
芋煮え(里芋の煮しめ)・なますと並び、
定番のハレ料理の一つとして人々に親しまれているそう。
一方で、合併前の旧宇部市エリアの人々にたずねてみると、
ゆうれい寿司の存在は、驚くほど、ほぼ知られていなかったのもまた事実。
限られた地域でひっそりとつくり継がれてきた、
まさにソウルフードのお寿司です。
こちらは
2016年4月 銀座三越 食の瀬戸内フェアにて
宇部かまさんの削り蒲鉾を盛り付けた
新しいゆうれい寿司を提案させていただきました。
宇部市 石田さんのお米『ヒノヒカリ』
こちらは
2015年2月 ゆうれい寿司 渋谷ヒカリエ バージョン @UBEビエンナーレ
宇部蒲鉾(白)を刻んで酢飯に混ぜ込みます。
クリームチーズとハモのすり身を酢飯に混ぜ込みます。
一口大に切れ目をつけておきます。
真っ白なのに美味い寿司。
それがゆうれい寿司。