香川県 小豆島の生ずし(きずし)
[香川県小豆島]
香川県小豆島に「生ずし(きずし)」という、
聞いたことも見たこともない郷土寿司があると知って、
島に向かうことにしました。
当日はあいにく、台風が接近中。
ちょっと天気が心配でしたが、いざ到着すると、天気も上々。
実は僕、晴オトコなんです(笑)。
瀬戸内海では淡路島に次いで2番目に大きい小豆島は、
古くから海運輸送の要所として栄えました。
温暖小雨の瀬戸内海式気候で、雨が少なく日照時間が長い。
そのため、空気が乾燥しています。
そんな気候はオリーブ栽培に向いており、
日本で最初にオリーブが根付いた地としても有名です。
島だけに、周辺の海からは実に種類豊富な魚が獲れます。
さっそく、地元の魚屋「魚伝」さんをのぞいてみると、
イキのいい魚たちが並んでいました。
思わず興奮して、いつのまにか仕入れモードに。
店用にたっぷりと買っちゃいました。
戻ったら、小豆島の魚の寿司を出す予定です(笑)。
ただその一方で、耕地面積が少ないため、米穀の自給自足が難しく、
農業で食べていくことは至難の技だったようです。
そこで交通の要所の利点を生かし、他の地から材料を取り入れ、
島でつくった物を移出して生計を立てる商売が古くから盛んだったようです。
江戸時代には赤穂から塩の職人が島に移り住み、
江戸幕府の天領(直轄地)として塩づくりで栄えましたが、
やがて塩を使った二次加工として醤油や佃煮が作られるようになった。
郷土寿司を取材する前に、そんな小豆島の食材を巡ってみました。
今回、地元の人と一緒に作りながら、教えていただいたのが
「生ずし(きずし)」という名前の郷土寿司です。
この寿司、ネットで検索してもなかなか探せない。
島に着いて、周りの人に聞いてみても、
「知らない」「聞いたことがない」と言われるほど知られていない、
かなりのレアものです。
島の北西部に位置する土庄町小江。
昔は四海(しかい)村と呼んでいた地域は名前のごとく、
漁業が盛んなところです。
ここの漁師さんは底引き網で漁をしていて、
夏から冬にかけては新鮮なアナゴが獲れる。
ただ、
網には15-20センチぐらいのまだ成長しきれていないアナゴも掛かってきて、この大きさは市場に出せない。
そんな商品にならないアナゴを使うのが生ずし。
いわば漁師めしなのです。
しかも、生のまま、それも骨ごと寿司にしてしまうというから前代未聞。
だって、寿司は骨を抜くのが当たり前。
骨ごと食べるなんて聞いたことがありません。かなり興味津々です。
つくり方を教わるのは
四海漁業協同組合女性部代表の一田初美(いちだはつみ)さん(73)。
郷土料理を地元の小学校や中学校の給食として紹介したり、
親子の料理教室を開いたりと食育の活動を行っている。
地元テレビにも出演する売れっ子お姉さんです。
数年前に他界した旦那さん、息子(49)さんともに漁師さんで、
まさに漁師の家を守るおかみさんでもあります。
「このあたりでは、80年ぐらい前から、お祭りや法事、祝い事のときに生ずしをつくってきました」。
つくり方は家々で多少違うようで、
一田さんはおばあさんやお母さんがつくっていたのを手伝いながら覚えたそうです。
この日は残念なことにアナゴが獲れなかったので、代わりにハモを使います。その他、マナガツオやコノシロ、ブリなどを使うこともあり、
要はその日獲れた新鮮な魚を使うよう。
ハモは三枚に下ろして、皮ごと細く切ります。
ハモの皮はとにかく堅い。
これを生のまま。えっ、本当に食べられるの?
手順としてはまず、細かく切ったハモに塩を加え、手でもむ。
10分ぐらいおいて、そこに酢をひとひたに加える。
これで30-40分、そのままつけておく。
なるほど酢で締めるから皮が柔らかくなるのか。
次第に透明感がなくなって、身が締まってぷりぷりとしてきた。
ちょっとつまみ食いをしてみると、まだ堅いけど、
噛めば噛むほど味が出てくる感じですか。
アナゴも骨が柔らかくなって、噛んでいると骨の部分からエキスが出て来て、ほんのりと甘みと旨味が味わえるそうです。
白っぽくなってきたら、酢をしっかり絞って酢飯に混ぜ合わせる。
家によってはこの締めた酢がもったいないと
酢飯に使うところもあるようですが、
一田さんは生臭さが気になるので、別の酢で酢飯をつくっています。
いよいよ完成です。
錦糸卵や緑のものといった彩を加えてもいいようですが、今回はハモだけで。漁師めしなので、それを茶碗によそってみました。
白の酢飯に白いハモ。かえって色を使わない方が上品でいいかも。
試食してみると、ハモがしゃきしゃきとした歯ごたえがあり、
ハモ自体は酸っぱいけど、甘めの酢飯と合わさるとちょうどいい。
「2日目になるともっとしっとりと落ち着てくる。夏以外だったら、1週間ぐらいは持ちます」と一田さん。
一田さん、どうもありがとうございました!
しっかり伝授していただきました。
東京に戻って再現し、歴史をつないでいきます。
●「生ずし」と出会って
魚の骨や皮を生で食べてしまう発想は、
おそらく寿司職人は誰もやったことがない、いやむしろ、
誰もしようとも思わなかったことでしょう。
あのまま、にぎってもいいし、ある意味、地方に残る郷土寿司だけど、
とても新しく感じて、むしろ寿司の最先端が小豆島にあったと言ってもいいかもしれません。
技術的には別段、変わったことはしておらず、ただただ気づいていなかっただけ。魚の骨や皮は生で食べないという勝手な固定概念が邪魔していたのです。「もっといろんなことに気づいて、チャレンジしろ!」。
生ずしは僕ら、現代の寿司職人へのメッセージと受けとめました。
ただ、ちょっと酢っぱ過ぎる。あれでは子どもたちには敬遠されそう。
使う塩や酢をもっと工夫したり、
締める時間を考えるともっと美味しくなって、
今の時代のおうち寿司に生まれ変わると思います。
本『季節のおうち寿司』では、そのあたりに岡田アレンジを加えて紹介しようと思っています。
一田さんにはそれをぜひ食べてもらいたい。楽しみにしていてください。
(撮影:遠藤宏)