須古寿司(すこずし)
[佐賀県白石町]
町の東を有明海に面し、干拓地としても知られる佐賀県白石町。
干満の差の大きい有明海の特性を生かして養殖される海苔や、
白石平野でつくられる米、れんこん、玉ねぎなど、
海、山それぞれの食材に恵まれた町です。
この白石町の須古地区でつくり継がれてきた郷土料理が、須古寿司(すこずし)です。
そもそもは室町時代、この地域の領主に
農民が献上したことに始まると伝えられる、歴史ある寿司です。
有明海といえば......と、まず思い浮かべる人も多いであろう、
あの「むつごろう」も使われるという独特の寿司を探究すべく、
2013年夏、現地へ行ってきました。
訪ねた先は、須古地区の農家の婦人6人によって組織され、
地元産の食材でつくる惣菜、菓子などを販売する「みどり会」。
田んぼの連なるのどかな景色の一角に、その小さな調理場があります。
会長・猪ノ口操さんによれば、
猪ノ口さんの義理の母の代から、小中高校の子どもたちを訪ねて
須古寿司の講習を行なってきたといい、
その活動を自身が継いで約20年になるそうです。
「この辺りでは、料理屋さんがつくる須古寿司もあって、
上にえびがのったりして豪華ですが、
私たちが伝えているのは、昔からつくられてきた
家庭の素朴な須古寿司です」
そう語るように、みどり会は、
いわば地域の食文化伝承の役割をも担っているといえそうです。
「この近くに、私たちが〝水堂さん(みっとさん)〟と呼んでいる
安福寺というお寺があります。
そこの湧き水を飲むと病が治るといういい伝えがあって、
旧暦の4月15日から100日間、
たくさんの人が〝お水取り〟に来るんです。
須古寿司は、その方たちにふるまう料理としても
つくられていたそうですよ」
猪ノ口さんがそう語る須古寿司は、
現在もお祝いやおもてなしの料理として、この地域で親しまれているそう。
ここからは、みどり会の皆さんに実際につくっていただいた様子を
写真とともにご紹介します。
酢飯と具材を型に重ねて切り分ける、箱寿司の一種である須古寿司。
この須古地区の各家庭には、昔から、
須古寿司を漬けるための塗りの木箱、
「もろぶた」があったといいます。
猪ノ口さんが使う、写真のこのもろぶたは、
かつて義理の父が自ら漆をかけてくれたお手製なのだそう。
酢飯は、うるち米に1割のもち米が加えられるのが特徴。
昆布と少量の塩を加えて炊き上げたご飯に、
やや甘めの寿司酢を混ぜ込んで冷まし、
寿司酢で軽くぬらしたもろぶたに薄く敷き詰めていきます。
5mm〜1cmほどの厚さになるよう、
やさしく押しをかけながら、四隅まで均一にならすのがポイント。
はじめは指先で、続いて木のへら「寿司切り」を使って押さえていきます。
敷き詰めた酢飯を、寿司切りを使っておおよそ10cm四方に切り分けます。
ちなみに、この寿司切りは、
使わなくなった古い塗りのお膳からリメイクしたものだそう。
具材の主役は、有明海産のむつごろう!
上の写真は、素焼きのむつごろうを冷凍したもの、
下の写真は、それを甘辛く煮たものです。
「この辺りの子どもたちは、ふだんから
有明海でピンピン跳ねているむつごろうを見ているから、
これを見てびっくりするんですよ。
『あのかわいいむつごろうがー!』って」
と笑う猪ノ口さん。
かつては、須古寿司といえば必ずという食材だったわけではなく、
代わりに、酢で締めたさばがのせられたりもしたそうですが、
現在、地域の特産品でもあるこのむつごろうは、
定番の具材として定着しているようです。
煮たむつごろうは、頭と骨を取り除いて手で4等分ほどにほぐし、
切り分けた酢飯の上に一切れずつのせてゆきます。
続いて、もどして甘辛く煮た干ししいたけ、
しいたけとは別に煮たごぼう、にんじん、たけのこなどの野菜類、
この地区では手づくりする人が多いという、奈良漬けを小さく刻んだもの、
かまぼこをバランスよくのせます。
錦糸卵は、煮た具を覆うようにしてこんもりとのせ、
最後に彩りとしてきゅうり、紅しょうがを添えれば完成です。
具材は季節によっても変化し、
たとえば春先には、ふきを煮たものをのせたり、
きゅうりの代わりに木の芽を添えたりもするとか。
また、酢飯の切り目の筋は、田んぼのあぜ道で、
田んぼ一枚一枚に映る月に見立てて卵がのせられた......
そんないわれもあるそうです。
二段目の仕込みは、僕が挑戦。
途中、煮たむつごろうを一切れ口に運んでみて、
泥くささのまったく感じられない、品のよいうまみに感激。
でき上がった寿司は、1切れずつ皿に盛り分けていただきます。
西日本各地に点在して伝わる箱寿司の中でも、
酢飯を分厚く詰めないこの仕立ては、一つの特徴かもしれません。
甘めの酢飯、滋味豊かなむつごろう、しいたけ、野菜、
食感と風味の豊かな奈良漬け......
さまざまな味わいが口の中に広がり、
素朴でありながらも特別感のあるお寿司でした。
大変ごちそうさまでした。
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ところで、僕にとってなじみが薄く、
かつ興味のひかれる食材といえば、やはり、むつごろうでした。
現在では、素焼きにされたものを買い求めて調理するのが
一般的だといいますが、
「私などがずっと小さいころには、旧盆のころになると、
行商の人が、たらいに生きたむつごろうを入れて売りに来ていたんですよ。
それを買って、串に刺して、家の外で麦わらを焚いて、焼いていました。
だから、むつごうというと、『ああ、お盆だなあ』
という感じがありますね」
そう振り返る猪ノ口さん。
この白石町の人々から、いわば夏の風物詩として親しまれてきた
むつごろうの歴史がうかがえます。
みどり会でおいしい須古寿司をいただいた後には、
伝統的なむつごろうの漁法である「むつかけ」の実演を見せてもらおうと、
隣りの鹿島市まで足をのばしました。
「潟(がた)スキー」と呼ばれる板に片ひざをのせ、
もう片方の足で干潟のぬかるみを蹴りながらこぎ進む、
ベテラン漁師さん。
むつごろうとの距離をはかってスキーを止め、長い竿を用いて針を放り、
素早く引っ掛けて獲るのです。
実にかっこいい。
試しに潟スキーをこがせてもらったものの、
まっすぐ進むことすらできず。
獲っていただいたむつごろう。
愛らしいこと!
むつごろうの料理法としておなじみなのは、蒲焼き、甘露煮などですが、
新鮮なものは、刺身で食べても美味なのだと教えていただきました。
ここにもまた、現地へ赴いてこその
新たな食材、新たな味との出会いいがありました。