将太の寿司から学ぶ 細巻き寿司の『四つ切り』と『六つ切り』の違いについて
高校生の頃
まさか自分が寿司屋になるなんて夢にも思っておらず
大学受験の勉強をしながら欠かさず読んでいたのが【少年マガジン】。
僕たち世代の寿司職人にとってのバイブル漫画『将太の寿司』(講談社)。修行しながらも全国の素材を旅してまわる将太の姿に皆、憧れたものです。
酢飯屋を開業して10年目くらいの時だったでしょうか、
お客様から作者の寺沢先生をご紹介いただき
初めてお会いさせていただくことができました。
その時の様子はこちらからどうぞ。
http://www.sumeshiya.com/blog/2015/06/post-303.html
その後、『〜ミスター味っ子 & 将太の寿司〜 寺沢大介画業30+1周年記念原画展』にて
将太の寿司に登場するお寿司を再現する
『将太の寿司 再現寿司』を担当させていただくことになりました。
それから度々あちらこちらで再現寿司を作らせていただいていることもあり、
寺沢先生公認で、再現寿司を記録にさせていただけることになりました。
今回は、こちらをご紹介させていただきます。
将太の寿司 7巻
作者:寺沢大介先生
【将太の寿司の再現寿司『あさりの細巻き四つ切り』】
第34話 / 巻き物の具は!?
房総の海苔作りの名人は
実は佐治(さじ)さんのお父さんだった
佐治さんは海苔作り一筋のお父さんを嫌い
家出をしたままお父さんの死も知らずにいる
お父さんが佐治さんに遺したこの手帳には
お父さんが一生かけた海苔作りのすべてがある
お父さんに対する佐治さんの誤解を解くためにも
お父さんの心が詰まったこの手帳
きっと佐治さんに届けなくては
木下藤吉(きのしたとうきち)
『よォよォ 将太くん よォ
本当にそのまんま佐治ってやつに渡しちゃうのか?
渡す前にほんのちょっとだけ・・なっ
中身をのぞいて見ちゃダメか?』
将太
『絶対にダメだよ!!
これは名人が佐治さんのためだけに書いたものなんだから!』
木下藤吉
『ふうっ 房総までやってきて結局ムダ足・・・・かあ
ちぇっ・・・・
あきらめるかァ・・・!!
じゃあな・・・・!』
将太
『うん・・・・!』
将太
『生きてたらどこかで会おうぜ!藤吉・・・・ごめんな また会おうな』
『佐治(さじ)さん・・・・』
佐治
『何だ』
将太
『これ・・・・見てください』
佐治
『何だそりゃ・・・・』
将太
『佐治さんのお父さんが
佐治さんのためにと書き残したものなんです
僕は今日
海苔作りの名人の話を聞いて房総まで行ってきたんです
でも・・・・
名人は3年前に亡くなっていました!
佐治さんの叔父さんて方に・・・・
佐治さんとお父さんとのお話いろいろ伺いました
いろいろと行き違いがあったようですけど・・・・
でも・・でも
お父さんはずっと佐治さんのことを思っていたって聞きました!』
将太
『こんなこと
僕が口を出すことじゃないのかも知れませんけど・・・・
これを読めば
きっと佐治さんもお父さんの本当の気持ちがわかると思うんです!!
佐治さん・・・・!』
『ああっ!!』
佐治
『将太ァ・・・・』
佐治
『てめえってやろうは
どこまで甘いやろうだ・・・・
反吐(へど)が出るぜ・・・・』
将太
『さ・・・・
佐治さん!!』
佐治
『親父が死んだァ!?
そんなことは
今のオレには何の関係もねぇよ!!
あのやろうのために
オレがどんな思いをしてきたか知ってんのか!!
オレの母親はあいつのために死んだようなもんなんだぞ!!
あんな親父
いっそ死んだ方がせいせいするぜ
わざわざそんなことを報告しに来やがって
同情してるつもりか?
憐れ(あわれ)んでるつもりかよ?』
将太
『そんな・・
違います佐治さん!』
佐治
『何が海苔作り名人だ・・・・
笑わせやがるぜ
海苔なんて
手作りだろうが機械だろうが変わりっこねぇ!!
現にオレの使う海苔だってなあ
築地で適当に選んだやつだよ!
海苔なんてそんなもので十分なんだ!
海苔巻きの格を決めるのは
何てったって具なんだよ!!
見てみるか!?
オレの選んだ最高の具を!』
佐治
『食ってみな』
将太
『あ・・・・
これは・・・・
この味は・・・・!!
とろりとした口当たり・・・・
舌の上で何とも言えない濃厚なコクが広がって・・・・
具のこってりした旨みとコクが
酢飯の酸味にぴったりと合う・・・・
マグロでもない・・・・
ほかのどんな魚でもない
このものすごい旨みは・・・・』
将太
『牛肉だ・・・・
牛の最上級の霜降り肉に火を通して使った巻きなんだ・・・・!!
だけど何でこんなに牛肉と酢飯がすんなり合うんだ?
いったいどんなすごい工夫をしたんだろう?
僕に・・・・
これ以上の味わいの具が探し出せるだろうか・・・・
しかも・・・・
この・・
海苔だ・・・・
佐治さんは適当に買ったなんて言ってたけれど・・・・
海苔もすごい旨みを持っているじゃないか・・・・!!
やっぱり佐治さんは名人の息子だ
海苔の見立てでも
僕は敵い(かない)っこないよ・・・・』
佐治
『わかったか将太・・・・
てめえがくだらねえことやってる間に
オレはもう巻きを完成させてるんだ
今度の巻き物勝負は決まりだ!!
新人寿司職人コンクール出場は
佐治安人(さじあんと)様がいただいたぜ!!』
鳳親方(おおとりおやかた)
『そうか・・・・
話はわかった
この手帳は
儂(わし)が預かっておこう
佐治(ヤス)と父親のことについては
儂もわずかには聞き及んでいる
職人の家庭の宿命とでも呼ぶものかも知れん・・・・
家族のことには儂も口を出すわけにはいかん
このまま時が解決するのを待つしかあるまい
それよりも将太・・・・
おまえは今度の勝負に専念しろ!!』
鳳親方
『佐治(ヤス)がそこまで気合いを入れている以上
おまえも
うかうかと人のことを気にしている場合ではないぞ
いいか・・・・
勝負はこれが最後
もう後はないんだぞ・・・・!!』
将太
『ダメだ!!
こんなんじゃダメだ!!
海苔のことはもう仕方がない
房総で買ってきた最上のものを使うしかない
あと残る工夫は具しかない
具の工夫で佐治(さじ)さんを上回るしか方法がないんだ
だけどいったい
どんな具があるんだ?
どうすれば佐治さんを超えることができるんだよ・・・・』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『よオ将太!! やってるか!』
将太
『あ・・・ 辰サン!!』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『きょうはお客さんを連れてきたぜ!』
将太
『あ・・・・アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方・・・・
それに・・・・貴志(たかし)くんとお父さん!
いったいこんな夜中に・・・・どうされたんですか?』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『なに言ってんだい
これがおまえの最後の大勝負だってんで・・・・
みんなが最高の巻き物の具を考えて
持ち寄ってくれたんだよ!!』
将太
『え・・・・』
アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方
『息子のことでは随分とお世話になったからね
ぜひとも君の力になりたいんだ』
貴志(たかし)くんとお父さん
『私たち親子は・・・・いつも将太君のファンですから・・・・』
将太
『あ・・・・』
アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方
『この勝負に勝てばコンクールに出ることができる
一人前の職人としてツケ場に立てるらしいじゃないか
君の握るお寿司が食べてみたいものだ・・・・
きっと君なら
心のこもった最高の寿司を握ってくれると思うよ・・・・』
将太
『親方・・・・』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『さて! じゃあそれぞれの具を出してみましょう!』
貴志(たかし)くんのお父さん
『まず・・・・私は・・・・ おせっかいにも
また舟を出してこんなものを獲ってきました』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『カレイだ!!』
将太
『こいつはまた みごとに大きなカレイですね!』
貴志(たかし)くんのお父さん
『この時期にしては たいへんに大きなものが獲れました
こいつの一番うまいエンガワを巻くってのはどうでしょう
エンガワってのはヒレの内側の最もよく動く筋肉部でしかも脂ものってる
海苔の香味とエンガワの旨みがぎゅっと一緒になってこれはもう・・・・』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『へーえ』
将太
『うん・・・・そいつはうまそうだ』
アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方
『では 次は私だ』
将太
『こいつは・・・・ウナギ!!ですね』
アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方
『アナゴとキュウリを一緒に巻いたアナキュウというものがある
そいつをぐっと豪勢にウナギでいこうってわけさ』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『最後は このオレ!!築地で一番の大トロだ!!』
将太
『おおっ・・・・』
貴志(たかし)くんのお父さん
『こりゃみごとな大トロだ!!』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『こいつでちょいとネギトロを巻きゃあ・・・・
そこらのネギトロとは次元の違う味になるぜ!!
どうだい将太!どれでもよりどりだ!
使えるものがあったら遠慮なく言ってくれ!!』
『将太?』
将太
『ありがとう ありがとうみなさん』
将太
『佐治さんを相手に引き分けて・・・・
今もこうして決勝を戦えるなんて・・・・
僕は決して一人ではここまでこれなかった
辰さんに見立てを教わり最高の材料を用意してもらった
大和寿司の親方には寿司の心を教わった
貴志くん親子にはいつも励ましてもらってばかりいる
そして・・・・今もまた・・・・
僕のピンチの時にこんなにもしてもらって・・・・
ありがとう
本当にありがとうございます!』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『よせやい 照れるぜ!』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『さあさあ いつまでもメソメソしてないで
どれかひとつ選んでくれよ』
将太
『え ええ・・・・』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『どうした?』
将太
『え ええ・・・・ 実は・・・・』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『ええっ・・・・何だ・・・・!
もう別の具を考えついているのか!』
アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方
『何だ・・・・それじゃ儂らは余分なお節介だったわけだな』
将太
『い・・いえ そんな・・・・!』
アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方
『いや・・・・将太君ならきっと一人で問題を解決できると信じておったよ』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『で?いったいおまえが決めたのはどんな豪華な具なんだ?見せてくれよ!』
将太
『うん・・・・!』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『これは・・・・ア・・・・アサリ!!?』
アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方
『アサリの巻きものなんて聞いたことがないぞ・・・・
それにそもそもアサリなんてスシネタにもならないものだ』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『どういうことだよ将太・・・・
こんなものを使うために他の豪華な具を断るっていうのか!?
こんな安っぽい具で・・・・
今度の大勝負勝てると思ってんのか!?』
将太
『ずっと・・・・考え続けていたことがあるんです
渡辺さんが小樽から上京してきた時のことを・・・・
渡辺さんは高価な贈りものや豪華な食事を望んでいなかった
大事なのは心がこもっていること・・・・
渡辺さんからもらった桜貝にそのことを教わったんだ
高価なものが必ずしも人の心を動かすとは限らない
安いものでも作る人の心がこもってるかどうか・・・・
それが問題なんだ!
このアサリが人の心を動かす・・・・
最高の巻きものの具になるんだ!!!』
第35話 / アサリに賭けた!!!
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『豪華な具をまったく使わずにアサリなんかで巻きを作る!?
今度の大勝負・・・・そんな安っぽい具で勝てるのか?将太!?・・・・』
将太
『だいじょうぶさ辰さん 僕は勝つよ!!
いよいよあしただ・・!!
佐治さんとの長い長い寿司勝負も明日の巻きもの勝負ですべて決着がつく!!』
将太
『あすの一番に勝てば・・・・新人寿司職人コンクールに出られる!・・・・
見ててくれよ父ちゃん 美春(みはる)・・・・!!
僕は絶対に勝ってみせるよ!
それに・・あとひとつ・・
勝負とは別にやらなきゃいけないことがある・・・・
佐治さんのお父さんに対する誤解
そいつをどうにかして解かなきゃいけないんだ
僕は・・・・佐治さんの叔父さんと約束したんだから・・・・!』
藤田政二(ふじたせいじ)/大政(おおまさ)
『よォ まだ起きてたのか どうだい一杯・・・・』
佐治
『ああ いいスね』
藤田政二(ふじたせいじ)/大政(おおまさ)
『そら』
佐治
『あ・・・・ どうも』
藤田政二(ふじたせいじ)/大政(おおまさ)
『何を考えてた?』
佐治
『いるもんなんスねえ・・・・ 天才ってやつは・・・・』
佐治
『オレは・・・・ 5年間しゃかりきンなってがんばってきた
それが鳳寿司(うち)へ入って半年のボンズにいい勝負されてんですからねえ』
藤田政二(ふじたせいじ)/大政(おおまさ)
『佐治(ヤス)・・・・』
佐治
『だけど オレは負けませんよ兄さん
オレにだって意地がある
追い回しの一年坊にあっさりと負けるわけにゃいきませんよ
もし万が一にも負けた時にはそれなりの覚悟はしていますから・・・・』
勝負当日
岡村秀政(おかむらひでまさ)/小政(こまさ)
『ギャラリーが集まったねえ これがみんな将太の応援団だもんなあ・・・・』
富山雅子(とみやままさこ)
『将太君のお寿司に賭ける情熱が・・・・
これだけ大勢の人の心を動かしたってことなのよ』
岡村秀政(おかむらひでまさ)/小政(こまさ)
『うん!それに違えねえ!!』
藤田政二(ふじたせいじ)/大政(おおまさ)
『寿司に賭ける情熱か・・・・
それならばおまえも将太には負けてないだろう佐治(ヤス)・・・・!!?
前田貴志(たかし)くん
『ガンバレ 将太兄ちゃん』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『佐治(ヤス) 将太・・・・
ふたりとも用意はいいな!!?
第四番勝負 巻きもの 始めぇ!!!』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『将太 だいじょうぶか 本当にアサリみたいな材料でだいじょうぶか
オレたちの用意した高価な材料をみんな断ってまで
そんなものを使って勝算はあるのか将太!?』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『よし・・・・それまで!!
試食と採点は儂(ワシ)の部屋で行う!!
それではまず・・・・
佐治(ヤス)の寿司から始めようか』
将太の応援団一同
『何だ・・・・!?あの寿司は何だ!?
マグロでも他のどんな魚でもないぞ!
あれは牛肉だ!
牛の霜降り肉で巻き寿司を作ってあるんだ!!
最上の霜降り肉で海苔巻きを作る!?
何て贅沢な・・・・そんな巻ききいたこともないぞっ・・・・!!』
岡村秀政(おかむらひでまさ)/小政(こまさ)
『霜降り肉の海苔巻き・・・・
しかしそんなもんが江戸前の寿司の酢飯に合うんかねえ・・・・』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『ふむ・・・・』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『ほお・・・・!!これはふくよかな肉と旨みとコク!!
牛肉を江戸前の握りに使うという発想も大胆だが
驚くのはこれがまた酢飯にすんなりなじんでいることだ
だが牛肉には特有の臭みがあるはずだが
どうやってその臭みを消し
これほど酢飯に合わせたのか・・・・
なるほど・・・・!
何という巧みな技術(わざ)だ!!
牛肉にはまずほんのりと熱を通して固まった脂を溶かし
牛肉の中の旨みとコクを活性化させる
それを大葉でくるんでニンニク・梅肉を刻み混ぜて
牛肉の臭みを消し去って旨みだけを取り出している!!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『だからこそ この霜降り肉が酢飯にぴたりおさまる!!
牛のコク 酢飯の旨み 海苔の風味が一体となったたいしたものだ』
岡村秀政(おかむらひでまさ)/小政(こまさ)
『なるほどねえ・・・・! さすがだぜ佐治(ヤス)・・・・!!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『よくぞ工夫した!! みごとだぞ佐治(ヤス)!!』
佐治
『へい・・・・ ありがとうございます』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『ダメだ・・・・将太は勝てない・・・・
相手は豪華な霜降り肉を使い技術(わざ)もすごい
その上 海苔の質でも分が悪い
それなのに将太の方は使う具からしてアサリなんて
貧弱なもんだ・・・・どうすんだ将太』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『それでは・・・・次は 将太の寿司だ!!』
将太の応援団一同
『待ってました将ちゃん!!いったいどんな寿司を見せてくれるんだ!?』
『え!? 何!?』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『何だ!?何だあの巻きは・・?
茶色いどろっとしたものが中に詰めてあるだけ
中の具はアサリのはずじゃなかったのか?・・・・』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『ふーーむ・・・・さて・・・・?
この香りは・・・・?
胸の奥をゆさぶる何とも懐かしい磯香りがするではないか・・・・うむ・・・・!
む・・・・・・!!!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『これは・・・・アサリだ!!アサリが具の巻き寿司か!!』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『何だって あれがアサリ!? 馬鹿な まるでアサリに見えないぞ!!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『アサリをむき身にして 甘辛く砂糖としょう油で味付けしてある
しかもそれを包丁で細かくたたいて・・・・ミンチ状に調味してあるのだ』
佐治
『く・・・・!!』
将太の応援団一同
『なるほど・・・・そういう手があったか!
それならばアサリも立派に巻きものの具にできるわけだ』
前田貴志(たかし)くん
『やったな将太君・・・!』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『で・・・・でもたかがアサリだよ?
いくらおいしくできてたって牛肉には敵わないでしょ?』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『ところがこれが ただのアサリではない・・・・
この味をさらに高めるために様々な工夫がこらしてある!!
まず仕込みの段階で砂ジャリ感をなくすため
ひとつひとつのアサリの内臓をきちんと取り除いてある
そしてただ煮こんでは固くなるアサリを
「漬け込み」の技法でやわらかく味つけする
その手間ひとつひとつが たかがアサリをこれだけの味にしているんだ』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『巻き方もまたすばらしい・・・・
上が丸くふくらみある食パン型に仕上がっている
口へいれると酢飯のさっとほぐれる・・・・最高の巻き方なんだよ!!
口にほおばると海苔と共に酢飯が弾けて
口の中いっぱいに磯の香りが広がって・・・・
やわらかく調味されたアサリの味わいは
甘辛く濃厚だが くせのない良い味だ・・・・
一見地味だが どこか懐かしい素朴な味わいが
深く静かに心を打つ・・・・
これまた佐治(ヤス)に劣らぬすばらしい仕事だぞ将太!!・・・・
将太
『ありがとうございます!!!』
将太の応援団一同
『さすが・・・・』
前田貴志(たかし)くん
『すごいや 将太兄ちゃん』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『では・・・・勝負の判定は!? ふむ・・・・
まず・・・・素材の見立てでは佐治(ヤス)に軍配が上がるだろう
最上級の牛肉を巻きに使った素材選びの巧さ
具の材料も海苔の質もともに最高の品質のものだ
そしてそれらを巻きに仕立てる技術も完璧だ
だがひとつ気がかりは・・・・
その寿司がいったいいくらの単価につくかということだ』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『最上質の霜降り肉を使った巻き寿司は確かに旨かろう
だがその寿司はいったいいくらのお寿司になってしまうのだ?
それではお客様に気軽に食べてはいただけないだろう
将太の寿司の一番優れたところはその点にある!!
アサリというありふれた材料なのでお客様に安心して食べていただくお値段にできる
しかも材料は安価だがあふれる工夫でその味をすばらしいものに高めている
人の心を動かすのは決して珍奇高価な材料なのではない
そのお寿司にこめられた職人の心意気なのだ』
佐治
『それでは 判定は!?』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『うーむ・・・・』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『しかし何かひっかかるものがある
このふたつの寿司にいったい何が・・・・
ほっ・・・・そうか
答えはすぐ目の前にあったわい』
将太の応援団一同
『ええっ・・・・ 何ですって親方・・・・!!?』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『勝負の鍵は・・・・ふたつの巻きの高さの違いだ!!!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『佐治・将太の最後の巻き勝負
佐治は最上級の牛の霜降り肉で巻きものを作った
それに対して将太は工夫と細心の手間でたかがアサリを最高の味に仕立てた
最後の勝負 判定の鍵は・・・・ ふたりの巻いた巻きの高さにある!!!!』
将太の応援団一同
『な・・・・何だって・・・・!?』
佐治
『巻きの高さで勝負が決まる!? いったいどういうことなんだ!?・・・・』
将太の応援団一同
『巻きの高さが勝負の鍵だなんて・・・・いったいどういうことなんだろう?』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『しかし・・・・そう言われてみれば ふたつの巻きはだいぶん高さが違う
将太の寿司は佐治の寿司より 佐治の寿司の半個分ほどタケた高い!!』
アナゴ寿司名人の大和寿司(やまとずし)の親方
『それはつまり・・・・将太君が「四つ切り」 佐治君が「六つ切り」だからだよ
海苔巻きは普通 一本の寿司を何本かに切ってお客さんに出す
これを4個に切り分けるのが「四つ切り」
6個に分けるのが「六つ切り」なんだ
巻きとして一般的なのは「六つ切り」だ
四つ切りにするのはかんぴょう巻きぐらいのものだよ』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『じゃあ何で将太はわざわざ普通と違う四つ切りに・・・・』
将太の応援団一同
『しかもそのことが勝負の決着をつけるとはどういうことなんだ?』
藤田政二(ふじたせいじ)/大政(おおまさ)
『そうか・・・・そういうことだったのか・・・・!!!』
将太の応援団一同
『兄さん わかったのか!? いったい・・・・どういうことなんだ!?』
藤田政二(ふじたせいじ)/大政(おおまさ)
『うむ・・・・!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『佐治(ヤス)よ』
佐治
『は・・はい!!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『おまえの巻きは その大きさに重大な欠点がある!!!・・・・』
岡村秀政(おかむらひでまさ)/小政(こまさ)
『な・・・・何だって・・・・!?』
佐治
『オ・・オレの巻きの高さに重大な欠点がある!? そ・・そんな馬鹿な・・・・!!
お・・親方・・・・!! い・・いったいどういうことなんですか・・・・!?』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『ふむ・・・・おまえの巻きをもう一度巻いてみろ』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『ただし 今度の巻きは 将太と同じ四つ切りに切り分けるんだ』
岡村秀政(おかむらひでまさ)/小政(こまさ)
『なんだってぇ!?佐治の巻きを将太と同じ四つ切りの長さに・・・・!?』
将太の応援団一同
『いったい どういうことなんだ
長さが変わって巻きものに何か変わりがあるんだろうか』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『できたか・・・・』
佐治
『へい』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『それではそのふたつの巻きを・・・・おまえ自身で食べ比べてみるがいい』
佐治
『ふん・・・・馬鹿な 巻きを長くしたからって味が変わるわけが・・・・
ばっ・・・・馬鹿な・・・・』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『どうだ?佐治(ヤス)・・・・』
佐治
『オレの最初に作った六つ切よりも四つ切りの方がはるかに旨い・・・・
こんな・・・・馬鹿な・・・・!!!』
将太の応援団一同
『なにっ・・・・四つ切りの方が六つ切りよりもうまいだと!?
同じ材料で同じに作った巻き寿司にそんなことがあるのか!?
いったいどうして・・・・!どうしてそんなことが・・・・・・』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『具(ネタ)にはそれぞれ それに見合った寿司の大きさがあるのだ
佐治よおまえはそれを見誤ったのだ』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『佐治よ おまえの使った牛の霜降り肉という素材は確かにすばらしいものだ
しかも牛肉の臭みを消すニンニクや大葉・梅肉を加えて濃厚な味付けの最高の具を作り上げた
しかしそのために具(ネタ)の味が酢飯に勝ちすぎてしまったのだ』
佐治
『あ・・・・』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『普通の握りでも ネタと酢飯(シャリ)のバランスはたいへん重要だ
どちらかの味が勝っては寿司自体の味が損なわれてしまう
だがおまえの巻きの この切り口を見ろ・・・・ネタがかなり大きい!
牛肉自体の濃厚な味に加え梅肉やニンニクの添え味が加わり
全体としてかなり強い味が酢飯の味に大きく勝っている』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『だがこの六つ切りの巻きを四つ切りの長さに仕立てれば・・・・
酢飯の量が増え 食べ味が増すため具とのバランスがぴったりになる!!
辛く煮しめたかんぴょう巻きがただひとつ四つ切りなのは
味の濃いものを長く切るというこの原則そのままなのだ!!!
佐治
『あ・・・・』
将太の応援団一同
『な・・・・なるほど!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『さて一方・・・・将太の作った巻きはどうか?
具(ネタ)のアサリは甘辛く味つけした やはり食べ味の濃厚なものだ
だが将太はその食べ味を踏まえた上で
きっちりと巻きを四つ切りに仕立てあげた!!
食べる者の細かい食べ味にまで深く思いをはせて すばらしい仕事であった!!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『将太が一人 巻きの長さを様々に試しながら・・・・
何回も試食を繰り返しているのが目に浮かぶようだ』
宇崎辰巳(うざきたつみ)
『将太・・・・!』
佐治
『く・・・・』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『さて・・・・これですべての勝負が終わった
いよいよ最後の結論を出す時が来た
第一番の鯛勝負では
佐治の真鯛(マダイ)に対するにチダイ
と材料で劣る将太は湯霜作り(ゆしもづくり)でまず一勝を先行した』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『第二番のアナゴ勝負では 二年間自分一人で作り続けた煮汁を武器にした佐治に対して
将太は白焼きのアナゴを粗塩とユズの香りつけで味つけする新しい寿司で対抗した
だが将太はその寿司を出すタイミングを見誤り
これで佐治と将太は一対一となったわけだ
そして第三番 光り物勝負
佐治の関アジというすばらしい素材に
将太はシンコをカボスの酢と芝エビのオボロを使いがんばった
さらに光りものの本質に迫る「10分後の寿司」を発見して
この三番勝負は引き分けとなってしまった
そして今この・・・・
前代未聞の四番勝負で勝敗を決するに至ったわけだ
ふたりともよくがんばった
まさに実力伯仲(じつりょくはくちゅう)の大激戦だった』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『だがひとつ お客様の身になって工夫を凝らすということに
将太がほんのわずかに佐治に勝っていたように思う
寿司を握るということで一番大切なことは
常に食べる者の身になって考えることだ
いくら技術があろうとも決してそれは職人の一人よがりになってはならんのだ
将太の工夫は技術の点では特に優秀というものではない
だが真に寿司の心を理解したすばらしい仕事であった
従ってこの四番勝負は 将太の勝ちだ!!!』
鳳征五郎(おおとりせいごろう)/鳳寿司親方
『新人寿司職人コンクールの鳳寿司(おおとりずし)代表は
関口将太(せきぐちしょうた)に決定する!!!』
僕はこの章を読んで
【人心動握(じんしんどうあく)】という四字熟語を創り
人の心を動かすような寿司を握ろう
と、それをコンセプトに独立後ずっと頑張ってきました。
酢飯屋の初代ホームページにはこの謎の四字熟語をTOPページに掲載していました。
将太ありがとう!
そして、このブログを読んで、
書道家の田坂州代さんがこの文字を書いてくださいました!
力強い文字と気持が伝わってくる書。ありがとうございます!
将太の寿司 / 寺沢 大介
Kindle版(電子書籍)でもご覧いただけます。
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